やさしい心、生きている喜び、感謝の気持ち、幸せを感じて
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おとうさん

Author:おとうさん
娘が小学校3年、8歳のとき頭蓋咽頭腫という脳腫瘍を発症しました。
そこから懸命にお医者さんを探し、入院し2回の手術を乗り越えて今に至っています。

娘のがんばりは自分のためだけではなく、これから同じ病気で闘う子供たちのためになると思い
ここに記録を残します。

脳腫瘍、頭蓋咽頭腫でここに来た方には何らかの参考になれば幸いです。

また、そうでない人たちには生きていることの幸せや喜びを、
改めて考えるきっかけになってくれればいいなと思います。

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2007年9月26日(水)~10月1日(月)

短いようで長く感じた6日間でした。

ぬり絵の本など好きなものを買ってあげました。

27日くらいでしたか、娘に

「お父さん、今世界一のお医者さんを探しているからね」って言ったら

「わたし、もう覚悟は出来ているから。世界一ってアメリカかな。それだったら、アメリカへも行くよ」って

とても気丈な一言でこっちが勇気付けられちゃったね。

娘はおばあちゃんから教えてもらった抹茶を点てて、おいしそうにいただいたりしている。

頭痛はないのだろうか。

吐き気は今のところないようだ。

ときどきおばあちゃんに来てもらったりして、家でゆっくりと過ごした。
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2007年9月25日(火)

10時少し前に車で家を出る。

O脳神経外科でO院長をお願いして、MRIを撮影してもらい話を聞きたいと伝えた。

娘もがんばってMRIを撮った。

このころは音に敏感に反応していた。

工事現場の音など大きい音はかなり響くらしく、とても嫌がっていた。

MRIの結果、前頭葉にあったのはシストであるということ。

この病院でも緊急措置として脳圧を高めている水を抜く手術は出来るとのこと。

また、具合が悪くなったらすぐに来るようにと言っていただいた。

そして10月2日までは多分大丈夫でしょうとも。

F先生宛の紹介状と、MRIとCTの画像の入ったCDをいただく。

話の最後に、今は脳圧が高くなっていて痙攣などが起こっても不思議ではない状態なので、もしもそうなったらすぐに来なさいと言っていただき、帰途に着きました。
2007年9月24日(月)

14時頃Oさんから電話が来ました。

入院とかそういうのはなしだけど、10月2日にF先生に会えるところまでの話はつきましたとのこと。

それを聞いた瞬間、思わず涙がこぼれてきました。

人というのは他人のためにこれほど何かをしてくれるのか

ましてYさんは1度お店でお会いしただけなのに、

同じ病気ということで自分のことのように懸命になってくれる

何も出来ない自分、それも含んで力になってくれる

人と人とのつながりの大切さを、自分の中に感じ取り受け入れました。

また電話では、そのときに病院名のないF先生宛の紹介状やMRIの画像が必要とのことでした。

紹介状はすぐにタクシーに飛び乗りO脳神経外科病院でいただいてきました。

しかしながら、果たして10月2日まで大丈夫なのかどうかわからないので、MRIも撮ってもらう必要があること、色々聞いておきたい事もたくさんあるので、翌日に娘と3人でO先生を訪ねることにしました。
2007年9月24日(月)

朝起きて妻と話し合い、まずF先生にメールでアプローチしてみようという事になりました。

F先生にみてもらおうと話したここから、すごいスピードで話が進んでいきました。

先日Oさんに母が話しをしたところから話が進んで、OさんからYさん経由でF先生の秘書をしているIさんに連絡を取ってもらいました。

そして何度も交渉していただいて、Yさんを仲介してF先生に診てもらえるようにセッティングしていただけるというお話になりました。

10月2日にYさんがF先生に診察していただくのですが、その時に一緒に娘を連れて入ってもらい直談判してくれるということでした。

あとは明日、秘書のIさんからの連絡待ちとのこと。

いままでは、本当に目の前が真っ暗で、

暗闇の中でどこが先なのかわからず、

そしてどこへ向かって良いやらわからず、

病気のことは調べたけれどどうしたらいいのかわからず、

子供の病気はそこにあって実際に具合も悪くて、

でも自分たちでこれからのことを決めていかなければならず、

途方に暮れていても、それではいいはずもなく

何とかしていかなければいけない。

ただただ前を向いて進んでいくだけでした。

今の現状を認識して、前を見て進んでいこう!

自分のノートに書き込んだ、
自分に言い聞かせるフレーズでした。
2007年9月22日(土)

その日はことさら暑い日で、日影でも30度を越えるような日の運動会になりました。

朝、家で支度を整えて集団登校で学校へ。

準備運動までみんなと一緒に出来たけど、疲れて救護席にて休むことに。

その後多くの子供たちが救護席にやってきたことも有って(熱射病気味で)、
エアコンの効いている保健室のベッドで横になりました。

午前中の種目、80M走はパスして、玉入れをやるつもり。

それでも体調もすぐれず、それも見送ることに。

お弁当の時間になり、今までビニールシートを敷いて食べたことがないから、
どうしてもそうしたいとのこと。

体育館の前の日影のところで親子3人でお弁当を食べました。

午後になっても保健室で横になって過ごしました。

みんなの輪というフラフープの演技をしたかったらしかった。

ぎりぎりまで出るつもりでいたけど、やっぱり具合が悪く出ることは出来ませんでした。

そして、もう帰りたいと言うので、家に帰って車で迎えに行き帰ってきました。

この時は、これが最後の運動会かも。なんて感傷的な気分になりました。

あとで娘に、おとうさん写真撮り過ぎっていわれました...

その後支度をして仕事に出かけました。

お店で働いていると夕方昔働いていたOさんから電話がありました。

そしてOさんから、スーパードクターと言われているF先生にオペしていただいたYさんを教えていただいた。また、国立生育医療センターのことをFAXしていただきました。

今思い返してみても不思議な縁でした。

22日のちょうど1週間前、M市では沖縄のエイサーのイベントがあって、
OさんとYさんがエイサーを見にお店にいらしてくれていたのでした。

私は手がはなせなくてお話しませんでしたが、
OさんがYさんは神の手を持つといわれているF先生に手術していただいたということを、
母に話してくれていたのでした。

そういう不思議な出会いがあって、昨晩母がOさんに電話をして今の状況を話していてくれていたのでした。

何といったらいいかわからないけど、前から出会うことが決まっていたかのような不思議な縁がきっかけでこれからの話が進んでいったのでした。

話は戻ってその夜中、仕事を終えてから家族全員が集まって話し合いをしました。

その時には時間も限られているので、一応K大学病院へ行って検査をしてもらう方向で話を決めました。

それでも、もっと他にいい方法はないかと、ギリギリまでもがいて色々調べてベストを尽くそうと思いました。
2007年9月21日(金)

M市のO脳神経外科へ行き院長のO先生に話を聞きました。

CTだけなのではっきりとした事は言えませんが、頭蓋咽頭腫であろうとのこと。

また、右前頭葉に影があること。

脳水が普通の人よりも多くなっているので、脳圧が高くなって頭痛や吐き気もあるのだという。

また、この部分の腫瘍は、下垂体のところにかかるので術後のホルモンバランスのケアや
崩尿症といって水分コントロールが出来なくなるので、プロジェクトチームのような
組織によるケアが必要になってくるとのこと。

また、それほど時間に余裕が有るわけではないと伝えられました。

どのようにせよ、外科的手術によって腫瘍の摘出が必要であるということだった。

また、紹介については希望があればどこへのものでも書いてくれるとのことでした。

翌日にある運動会については、普通で大丈夫でしょうと言っていただきました。
脳腫瘍が有るとわかるまでの1年くらいは、季節の変わり目によく頭痛を訴えていた。

それでも熱もないし何日かすると収まっていたのでそのままであった。

この夏には頭痛と吐き気もあり、急いでトイレに行って嘔吐したりもしていた。

かかりつけの小児科の先生は、お腹にくる風邪でしょうとのこと。
頭に何かあればもっとひどいことになっているとのことでした。

それでも良くならずにいたので、今度頭が痛いって言ったら
脳神経外科に行ってくる事にしたのでした。

今思えばもう少し早く気が付くことが出来たかもしれない。

でもそれが良かったのかどうかといえば、今はわからない。

それでも頭痛があるということは、よくよく注意しなければいけないこと。

しばらく頭痛が続くようなら迷わず脳神経外科を受診しましょう。

また、去年の夏休み走っていてカーブを曲がりきれずに転んで顔を打ち鼻骨骨折をした。

この時にはだいぶ視野が狭くなっていて、走りながらでは周りがよく見えなくなっていたのかもしれません。

思い起こしてみると、頭蓋咽頭腫の症状である、頭蓋内圧亢進症状からくる頭痛や、
腫瘍に視神経が圧迫されることによる視野が狭くなっている症状、
外側の視野に障害が出て見えなくなる、などの症状があったのです。

小さい子供は視野が狭まってきてもそれが徐々に進行したものならば、
それを異常とは感じないで親に訴えることはしないのでしょう。
2007年9月20日(木)

「やっぱり頭が痛いって言うから、今病院に来ているんですけど。」

その言葉で、電話は始まった。

学校から帰って頭痛がするとのこと、妻と娘の二人でM市のO脳神経外科へ。

I先生に診てもらいCTを撮影。脳腫瘍があるとのことでした。近くにあるK大学病院への紹介状をもらいました。

この時に子供には「頭の中におできがあって取らなくてはいけない。」と言ってあるらしかった。


電話を受けて

え、なんで

と、思うと同時に

やっぱり脳に病気があったんだ

やっぱりショックだったけど、こうしちゃいられない!

今は色々調べるしかないと、ネットで脳腫瘍の事を調べました。

スーパードクターと言われているF先生のこと。

その先生の病院が茂原に10月1日にオープンすること。

K大学病院のF先生のこと。

府中の病院のこと。

etc. etc. etc.
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